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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)1052号 判決

原告

北川孝夫

右訴訟代理人

細川喜信

右訴訟復代理人

的場智子

被告

金本こと

金泰浩

右訴訟代理人

後藤一善

被告

栄和交通株式会社

右代表者

阪井金蔵

右訴訟代理人

鳩谷邦丸

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金一、二二九万八、九〇〇円及び内金六万八、二五〇円に対する昭和五四年三月二〇日から、内金三〇万〇、三三五円に対する同年七月一八日から、内金一、一九三万〇、三一五円に対する昭和五二年三月二一日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の原告勝訴部分は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一責任原因

一請求原因1(本件事件)について

1  原告が訴外会社の、被告金が被告会社の、それぞれタクシー運転手であつたことは当事者間に争いがない。

原告と被告金間では、原告が請求原因1記載の日時場所において頸髄不全損傷の傷害を負つたことは争いがない。

2  請求原因1のうち、右争いのない事実を除くその余の事実については、〈証拠〉に照らして、これを全面的に信用することはできない。

右掲載の各証拠(後記認定に反する部分を除く。)〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和五二年三月二一日午後九時三〇分すぎころ、タクシーを運転し、国鉄新大阪駅一階高架下空港バスのりば付近路上に至つた。右路上付近は、駐車禁止であり、タクシーが客待ちのため駐車することもできない場所だつたが、当時、北側から順次第一、第二、第三、第四車線とある右地点道路の第一車線と第四車線とにはタクシー等がほぼ前後一列に並んで駐車し、第二車線には若干の駐車車両があつたものの、第二車線から第三車線にかけてバス一台ぐらいの通過しうる余地があり、原告は、客待ちのため、右第二車線から第三車線にかけて自車を駐車させたところ、おりから、同様、乗客を乗せるために、被告会社のタクシーを運転し同所付近に至り右道路を通過しようとしていた被告金運転の車両の進路を妨害する形になつたので、同被告は、二、三回クラクションを鳴らし、移動するよう合図したが、原告の車が動かないため、自車を降りながら更にクラクションを鳴らし続け、次いで、これに気がつき自車から降りて同被告のところに来た原告に対し、大声で「おい、車のかせ。」と怒鳴ると、原告から「誰にもの言うとるんや。」と怒鳴り返され、「お前に言つているんだ。」と言い返すと、突然、原告から靴履きのままの右足で左脇腹を蹴られ、「何すんのや。」と喧嘩腰になつたところ、他のタクシー運転手達が二人の間に割つて入つたが、原告は、止めていた右運転手の手を振り切つて同被告のところへかけ寄り、「こら朝鮮、こつちに来い。いてもうたら。」と言いながら、同被告をそこから約一〇メートル位離れた近くの横断歩道付近路端に連れて行き、足で同被告の大腿部付近を蹴り、更に顔を殴るなどした。そのため、同被告は、カッとして、原告の顔付近めがけて思いつきり頭突をかまし、更に顔面を二、三回拳骨で殴りつけると、原告は、仰向けにひつくり返り、鼻血を出し、まもなく意識不明となり、直ちに病院に運ばれたが、右暴行により、頸髄不全損傷(両上下肢麻痺、前額部血腫、上口唇挫創の各傷害を受け、両手のしびれ、腰から下の知覚なしという後遺症が残つた。

以上の事実を認めることができ〈る。〉

3  以上認定の事実によれば、原告は、被告金の前記暴行により前記の傷害、後遺症の損害を受けたものであり、右は、民法七〇九条所定の不法行為による損害というべく、又、同被告の右所為は、被告会社のタクシー運転手として、タクシー運転に従事中、客を乗せるために本件事件現場に至つた際、訴外会社のタクシーを運転し、客待ちをしていた原告と、タクシーの運転方法(駐車方法)に関していさかいが生じ、その紛議の過程でなされたものであり、従つて、被告金は、被告会社の事業の執行行為を契機とし、これを密接な関連を有すると認められる行為によつて原告に右損害を加えたものということができるから、右は、同被告が被告会社の事業の執行につき加えた損害に当るというべきであり、民法七一五条一項本文に該当する。

被告会社は、被告金の前記暴行が、最初に原告から暴行を受けた場合(第一の場所)からやや移動した地点(第二の場所)でなされたことをとらえて、右所為は、右同条所定の「事業の執行」と切断されたものとなつた、或いは、被告会社によつて業務上予測しうる範囲外となつた、又は、原告は、同人が第二の場所で暴行を加えた時点で民法七一五条の予定する被害者としての保護の範囲を自ら脱落した、等前記被告の所為による原告の受傷の結果が民法七一五条一項本文に該当しない旨を主張するけれども、右は、いずれも、右同条についての独自の見解を前提とするものであつて理由がない。前認定事実によれば、右第一の場所と第二の場所とは、約一〇メートル位離れているにすぎず、第一の場所における原告と被告金とのやりとり、応酬を受けて、第二の場所での右両名の各所為があつたものということができ、以上の各所為は一連のものといいうるから、前記のとおり、被告金の所為は、被告会社の事業の執行につきなされたものということができる。

二被告らの抗弁について

1  被告金の抗弁について〈省略〉

2  被告会社の抗弁について

(一) 抗弁2(一)について

〈証拠〉によれば、被告会社は、被告金をタクシー運転手として採用するに際し、同被告から履歴書、誓約書の、身元引受人から身元引受書の、各提出を受けてこれを確認し、いわゆる興信所に同被告の調査を依頼して調査報告書の提出を受けてこれを確認し、その結果、採用に差しつかえなしとの心証を得て同被告を採用し三ケ月間の試用期間を経て、特に問題がなかつたので正式社員として採用したこと、その後、客や他の運転手等とのトラブルもなく、勤務態度も良好であつたこと、被告会社では、毎朝、乗務の開始にあたつて、出勤者の点呼を取り、接客態度、事故防止上の注意等につき訓示しており、本件事件のあつた当日も同様の訓示をし、特に、新大阪駅等の乗車禁止地区で昼間これに違反することのないようにとの注意をしたこと、被告会社は、運転手にタクシー乗務中の事故等についての報告を求めておらず、その旨の規則もなく、事故等による反則金、罰金等は運転手負担になつていたことの各事実が認められる。

ところで、大阪市のような大都会においては、交通事故や交通違反が多発し、それに伴う暴行、傷害行為や喧嘩闘争の少くないことは、当裁判所に顕著な事実であり、従つて、タクシーを運転する運転手が右交通事故の加害者や交通違反の違反者となり、或いは、右交通事故に伴う暴行、傷害行為や喧嘩闘争の加害者となつて、被害者に多大の損審を与えることの生じる例も少くないと推認されるから、大阪市のような大都会でタクシー運転手を雇用してタクシー事業を行う者については、運転手が前記のような加害行為によつて第三者に損害を与えぬよう、その責任につき具体的かつ徹底した調査をし、更に、その者のなす事業の執行につき具体的かつ徹底した監督の措置を執るのでなければ、民法七一五条一項但書所定の相当の注意をしたとはいえないと解すべきところ、本件において、被告会社(大阪市をその営業区域とすると推認される。)のした前記認定の被告金に関する選任についての調査及び事業の執行についての監督のための措置は、未だ、右にいうところの具体的かつ徹底したものではなく、どの事業者(使用者)も行うであろう一般的なものでしかなく(本件事件当日の朝したという、新大阪駅等の乗車禁止地区で昼間これに違反することのないようにとの注意も、その趣旨があいまいであり、本件のような事件を未然に防止する効果のある徹底したものとは認められない。又、被告会社が指導車を走らして常時の監督を尽している旨の主張を認めるに足りる証拠はない。)、民法七一五条一項但書所定の相当の注意をした場合に該当するとは認められず、前認定の本件事件の態様を斟酌しても、本件事件による原告の損害が被告会社において相当の注意をなすも生ずべかりしものであつたということもできない。〈以下、省略〉

(若林諒)

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